活字書体をつかう

Blog版『活字書体の花舞台』/『活字書体の夢芝居』/『活字書体の星桟敷』

書籍本文部門 entry No.1–4

……

2009年

f:id:typeKIDS_diary:20151206091937j:plain

『ピラニア〜雨の街、俺たちの絆〜』 

ブックデザイン=川名潤

活字書体を設計しているものとして、書籍の本文に使われるのはとてもうれしいことだ。というのは近代明朝体以外の書体が本文に使われることは稀なことだからである。

書籍の本文は、印刷会社やフォント・ベンダーの違いこそあれ、まず近代明朝体だ。初心者向けのテキストでは「本文には明朝体を、見出しにはゴシック体をつかう」と書かれているぐらいだ。近代明朝体以外の書体を使うことはかなり勇気のいること……というのが現状である。

さらに欣喜堂の書体は、パーソナル・コンピューターなどにバンドルされているのでもなく、大手のフォント・ベンダーによる年間契約システムに入っているわけでもない(注1)。技術的に高性能というわけでもなく、収録字種も多くはない。そんななかで、わざわざ選んで、わざわざ買っていただき、しかも本文に使うということはたいへんなことだと思う。

「きざはし金陵M」を本文に使っているのを、私が最初に発見したのは、『ドブネズミのバラード』 (瓜田純士太田出版、2008年9月12日)と『ピラニア〜雨の街、俺たちの絆〜』(瓜田純士太田出版、2009年3月19日)である。何かに導かれたかのように、池袋の大型書店のサブカルチャーのエリアに迷い込んだ私は、「風俗・エロス」というコーナーで、この本に偶然出会った。ここに足を踏み入れたのは初めてのことだった。

意外であった。「きざはし金陵M」が、この作者の、このような作品に使われることは予想もしていなかった。しかも横組みである。なにはともあれ、本文に使われた記念すべき2冊であることに違いはない。

もしかすると、ほかに見落としているものがあるかもしれない。今後さらに多くの書籍に、欣喜堂の日本語書体が使われていくことを期待したい。これらは、その小さな一歩なのだ。

(注1)株式会社モリサワと提携し、2017年から「モリサワ・パスポート」で使えるようになった。

 

……

 2010年

f:id:typeKIDS_diary:20151206092539j:plain

『リアル・シンデレラ』

ブックデザイン=オフィスキントン

姫野カオルコ直木賞の候補に何度も名前があがっているよく知られた作家である。『リアル・シンデレラ』(姫野カオルコ、光文社、2010年3月19日)も2010年の直木賞(第143回)の候補になっている(注2)。それほどの作家なので近くの小さな書店にも置いてあった。

最初は、ジャケットのデザインに「さよひめM」が使われていたことを見つけた。ただそれだけだったので、手に取ることもなく買い求めもしなかった。ただ「さよひめM」の使用例として、記憶にとどめていただけだったのだ。

つねづねジャケットに欣喜堂書体が使われていたら、「もしかして本文でも…」と思って手に取ることにしている。ほとんど肩すかしだったので、おそらく「さよひめM」が本文に使われることは想像しなかったのだろう。本文書体を確かめることを怠っていた。

しばらくしてから市立図書館でこの本に再会した。そのときもまだ本文書体を気に留めることはなかった。なにげなくパラパラとページをめくってみた。多くの書籍と同じように、本文は近代明朝体なのだなと思った。

ところが、途中から「まどか蛍雪M」が本文に使われているではないか。一冊丸ごとというわけではないが、半分ぐらいのページは「まどか蛍雪M」で組まれていたのだ。近代明朝体で組まれたページと「まどか蛍雪M」で組まれたページが交互にでてくる。ちょっと驚いた。そしてうれしくなった。

私がはじめて「まどか蛍雪M」が本文に使われているのを見つけたのは、この『リアル・シンデレラ』だった。約物を近代明朝体と同じものにし、見た目の文字サイズを同じにするためにか「まどか蛍雪M」を均等に詰めていることには違和感があるが、それでも「まどか蛍雪M」のページのほうがしっくりくると思った。

 (注2)姫野カオルコは、2014年1月、5回目の候補となった『昭和の犬』によって直木賞(第150回)を受賞された。

 

 ……

2014年

f:id:typeKIDS_diary:20151206092033j:plain

『ジハード1 猛き十字のアッカ』

フォントディレクション=紺野慎一

「かもめ龍爪M」が使われている文庫本があるという情報は入っていた。『ジハード1 猛き十字のアッカ』(定金伸治著、星海社文庫、2014年1月9日)である(注3)

池袋の大型書店に行った。まずは文庫本のフロアを探したが「星海社文庫」が見当たらない。そこで店内の検索システムにより在処を確認してみた。コミックのフロアにあることがわかったが、やたら若者が多くて(なにかの発売日だったのか長い列ができていた)、とても自分で探しまわる気になれなかった。そこで店員のひとりに尋ねた。すぐに持ってきてくれた。もう買わないわけにはいかなくなった。

インターネットで注文してもよかったのだが、それが「かもめ龍爪M」でなければ、まったく無駄になってしまう。一読者として、興味のある分野ではなかったからだ。「かもめ龍爪M」なのかどうかだけを確認して、すぐにレジに向かった。冒頭のわずか6ページに「かもめ龍爪M」が使われていた(ちなみに、「主要参考文献」は「あおい金陵M」であった)。

手前味噌だが意外と読みやすい。最初は読みなれていないので読みにくいと思うだろう。近代明朝体に比べれば、とげとげしく感じるかもしれない。しかし少し読んでみると抵抗感がなくなる。そうなると多くのページで読みたいと感じてくる。そんな書体だ。

本文は詰めていないのがいい。書体を生かした組みかただ。文字と文字の間があいて見えるが、それでも縦に心地よく流れてくる。それが読む速度とあっているようだ。詰めなければならないと考えている人が多いようだが、私は一読者として、あいているほうが読みやすいと感じる。

漢字書体も、和字書体も、それぞれが本文用として存在していた書体である。それを復刻したのだから、力があって当然なのだ。この書体、そのうち病み付きになる人が増えるといいなと思っている。

 (注3)『ジハード2 こぼれゆく者のヤーファ』『ジハード3 氷雪燃え立つアスカロン』『ジハード4 神なき瞳に宿る焔』『ジハード5 集結の聖都』『ジハード6 主よ一握りの憐れみを』全6巻すべてで「かもめ龍爪M」が使われている。

 

……

2019年

f:id:typeKIDS_diary:20200721144921j:plain

『心底惚れた 樹木希林の異性懇談』

ブックデザイン=アルビレオ

『心底惚れた 樹木希林の異性懇談』(樹木希林著、中央公論新社、2019年)は、1976年に月刊誌『婦人公論』に掲載された、当時33歳の樹木希林(当時の芸名は悠木千帆)さんの対談集である。
対談相手は、渥美清さん、五代目中村勘九郎さん、草野心平さん、萩本欽一さん、田淵幸一さん、十代目金原亭馬生さん、つかこうへいさん、山城新伍さん、いかりや長介さん、山田重雄さん、米倉斉加年さん、荒畑寒村さんの12人。
本文ではないが、巻頭の言葉、目次、対談相手のプロフィール、そして樹木希林さんのプロフィールが「きざはし金陵M」で組まれている。

私が悠木千帆という役者を知ったのは、高校生の時、TBSの水曜劇場「時間ですよ」(1970年2月4日— 1970年8月26日、1971年7月21日 —1972年3月15日、1973年2月14日 —1973年9月5日)だったと思う。その後のシリーズには悠木千帆は出演していない。

この対談が行われた頃、私は大学生だった。TBSの水曜劇場「寺内貫太郎一家」(1974年1月16日 — 1974年10月9日、全39話)、「寺内貫太郎一家2」(1975年4月16日 — 1975年11月5日、全30話)をよく見ていた。悠木千帆は寺内貫太郎の母親・寺内きん役(70歳)で、沢田研二のポスターを見て身悶えしながら「ジュリー!」と叫ぶシーンが思い出される。

樹木希林に改名したのちには、テレビドラマはもちろんのこと、映画にも数多く出演している。「半落ち」(2004年)、「 東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜」(2007年)、「わが母の記」(2012年)、「万引き家族」(2018年)が印象深い。

 

樹木希林120の遺言 死ぬときぐらい好きにさせてよ』(樹木希林著、宝島社、2019年)も、没後にまとめられた本だ。テレビ、新聞、雑誌などに残されていた樹木希林さんのメッセージを厳選して1冊に編集したもので、生・病・老・人・絆・家・務・死の八章にまとめられている。ジャケットのそでの、樹木希林さんのプロフィールが「かもめ龍爪M」で組まれている。