活字書体をつかう

Blog版『活字書体の花舞台』/『活字書体の夢芝居』/『活字書体の星桟敷』

画集・図録・ムック部門 entry No.1–3

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2014年

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『池永康晟画集 君想ふ百夜の幸福』

デザイン=美柑和俊+田中未来(MIKAN–DESIGN)

ある本を買うために書店に行った。楽しみにして手にとったが、立ち読みしたらちょっとがっかりした。その本をそっと置いて静かに立ち去ろうとしたとき、近くにあった一冊の画集が目に飛び込んできた。

『池永康晟画集 君想ふ百夜の幸福』(池永康晟著、芸術新聞社、2014年)である。素敵な絵だ。手にとってパラパラとページをめくると、そこにあらわれた文字列にハッとした。

「ん…色っぽい」――むかし化粧品の広告にあったフレーズを思い出した。もっとぴったりな表現があるかもしれないが、私の貧弱なボキャブラリーではほかにでてこない。

池永康晟(1965― )は大分県生まれの日本画家である。大分県立芸術短大付属緑岡高校卒業後、独学で日本画を描き始めたという。個展やウェブサイトを通して、その美人画が一躍脚光を浴びるようになった。この画集は清楚で妖艶な美人画を一望する初画集である。

絵に添えられた文章も池永自身によるものである。画集なので本文というわけではないが、ほぼ全体にわたって「さおとめ金陵M」で組まれている。和字書体「さおとめ」は明治時代の尋常小学教科書に使われていた活字から復刻した書体である。漢字書体は中国・明代の木版印刷による歴史書から再生した書体である。どちらも「色っぽい」というイメージはない。それなのに、なんということだろう。まさしく色っぽいのだ。

その文章とタイポグラフィ(活字組版印刷術)によって「さおとめ金陵M」の魅力が引き出されている。逆に、「さおとめ金陵M」で組むことによって文章を引き立てているのだとすれば、まさに適材適所だと思える。

私はこの画集を手に取り、レジに向かっていた。

 

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2014年

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『東京散歩手帖2015』

デザイン=吉池康二(アトズ)

ここ数年、テレビ番組の影響による散歩ブームが継続中とか。そんな散歩ブームの身近なツールとして話題になっているのが『東京散歩手帖2015』(リトルモア、2014年)だ。カレンダーやメモ欄などでスケジューリングをするための手帳で、史跡や名所の紹介や、イラストマップ付きの散歩ガイドも充実している。

この手帳、まるで欣喜堂の組み見本帖のようだ。カバーデザインには「きざはし金陵M」「はなぶさ蛍雪M」「くれたけ銘石B」が使われている。さらに手帖の中身もほぼ欣喜堂の書体である。「はなぶさ蛍雪M」をはじめ、「きざはし金陵M」と「きざはし金陵B」、「くれたけ銘石B」が数多く使われている。

まずは月ごとに作家たちの名文が添えられた「月間カレンダー」。武田百合子植草甚一永井荷風荒木経惟芥川龍之介串田孫一国木田独歩種村季弘田中小実昌、内田百閒、川本三郎山下清川上弘美の文章が、「はなぶさ蛍雪M」の縦組み見本だ。

月々のテーマで巡る「東京散歩案内」は「はなぶさ蛍雪M」の横組み見本となっている。タイトルは「くれたけ銘石B」、見出し文は「きざはし金陵B」の横組み見本である。

「週間カレンダー」には、週ごとに楽しめる東京トリビアコラムがあるが、この見出しが「くれたけ銘石B」、本文が「はなぶさ蛍雪M」なのだ。よく見るとカレンダーの七曜や祝日の表記も「くれたけ銘石B」だ。

「東京散歩地図」は、10の町を探索できるイラストマップ付きガイドである。エリア名は「きざはし金陵B」、見出し文は「きざはし金陵M」である。よく見ると地図の中の地名は「くれたけ銘石B」が使われている。さらに地図のガイドは「はなぶさ蛍雪M」の横組み、メモ欄のガイドも「はなぶさ蛍雪M」の横組みと縦組みである。

残念だったのは、とくに横組みの場合に字間があいて見えること。細かいところでも気になるところはあるが、せめてタイトルや見出し文ぐらいは調整したほうがいいかなと思った。

 

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2018年

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天文学と印刷 新たな世界像を求めて』図録
デザイン=中野デザイン事務所(中野豪雄、保田卓也、鈴木直子、原聡実、林宏香)

天文学の歴史を「印刷」という視点から紐解き大きな反響を呼んだ印刷博物館の企画展「天文学と印刷 新たな世界像を求めて」を訪れた人のうち、展示ディスプレイからフライヤー、チケットにいたるまで、すなわち大きなサイズから小さなサイズまで、そこに使われていたひとつの書体に気がついた人は少ないのかもしれない。それは喜ぶべきことである。その書体が決して主張することなく、その場に溶け込んでいるということなのだろう。「きざはし金陵B」という書体である。

この「天文学と印刷 新たな世界像を求めて」図録(印刷博物館、2018年10月20日)は、各章ごとの扉に施されたコールドフォイル印刷による色彩豊かな箔押しが印象的な一冊である。製本はコデックス装を採用している。

そして図録のタイトル『天文学と印刷 新たな世界像を求めて』をはじめ、章タイトル、項目タイトルは「きざはし金陵B」で統一されている。そして各章ごとに偉人の言葉が引用されているページがある。これらも「きざはし金陵B」だ。濃紺のバックに白抜きの文字が美しい。

「第1章 新たな世界の胎動」ではアリストテレス、第2章 出版都市ニュルンベルク」ではニコラウス・コペルニクス、「第3章 1540s 図版がひらいた新たな学問」ではレオナルド・ダ・ヴィンチ、「第4章 コペルニクスの後継者たち」はヨハネス・ケプラーの言葉が引用されている。さらに「第5章 日本における天文学と印刷」は『尚書』堯典より引用されている。

また第4章のなかの石橋圭一氏のコラム「天文学者と印刷者の境界線」、山本貴光氏のコラム「天文学をいかに象るか」では、小見出しも「きざはし金陵B」である。できれば「きざはし金陵M」で本文を――と思ったが、そうはいかないようだ。

この図録は、「第60回全国カタログ展」(主催=日本印刷産業連合会/フジサンケイビジネスアイ)図録部門にて、文部科学大臣賞/柏木博賞を受賞、「第53回造本装幀コンクール」(主催=日本書籍出版協会、日本印刷産業連合会)の日本印刷産業連合会会長賞を受賞した。また『日本タイポグラフィ年鑑2020』(日本タイポグラフィ協会)のエディトリアル部門ベストワーク賞を受賞している。