活字書体をつかう

Blog版『活字書体の花舞台』/『活字書体の夢芝居』/『活字書体の星桟敷』

鎌倉幕府跡(後)

鎌倉駅から、鶴岡八幡宮へのびる参道が若宮大路である。鶴岡八幡宮に向かって右手が宇都宮辻子幕府跡・若宮大路幕府跡だ。鶴岡八幡宮に参拝したことはあるが、幕府跡には気がつかなかった。それもそのはず、今はひっそりとそれぞれの石碑があるだけである。
 嘉禄元年(1225年)に北条政子が亡くなると、執権北条泰時はこの地に政庁を移転した。辻子とは小路のことで、宇都宮辻子は西の若宮大路とその東側の小町大路を結ぶ小路である。その範囲は東西約213m,南北約230mの敷地だったと推定されている。石碑の隣にある宇都宮稲荷は、かつては御所内にあったと伝えられている。
 若宮大路幕府は、現在では宇都宮辻子幕府が増改築されたものとされている。若宮大路を基準とすれば若宮大路御所、宇都宮辻子を基準とすれば宇都宮辻子御所とそれぞれ呼ばれていたと考えられる。いずれにせよ、ここで北条氏の執権政治がおこなわれた。