活字書体をつかう

Blog版『活字書体の花舞台』/『活字書体の夢芝居』/『活字書体の星桟敷』

広告部門 entry No.1–4

……

2005年

f:id:typeKIDS_diary:20151210132956j:plain

菊水酒造の新聞広告

2005年12月17日朝刊に掲載された菊水酒造の「菊水の辛口」の全面広告である。

一口目が、うまい。

飲み終える時も、うまい。

うまいとは、そのすべての時間。

このコピーが「きざはし金陵M」で組まれている。「きざはし金陵M」は2004年7月に発売されている。新聞広告としては、私が見た初めての使用例なのである。

この広告を見て、「口」の書き方について「これは明朝体じゃない」という人がいた。確かに近代の明朝体とは異なっている。漢字書体「金陵」は中国・明代の南京国子監で刊行された中国の歴代の正史である二十一史のうちの『南斉書』をベースに翻刻した活字書体である。むしろ明朝体の原型であると考えている。

菊水酒造は新潟県新発田市にある、1881年明治14年)創業の酒造会社である。「菊水の辛口」は辛口ブームに先駆けて1978年に誕生した。戦後から高度成長期には甘口の酒が主流であったが、食生活の急多様化を見据えて辛口の食中酒の開発に着手したという。甘口全盛期の時代に、新潟の淡麗辛口、日本酒「菊水の辛口」が生まれたのだ。

 

その後、「ふなぐち菊水一番しぼり」の新聞広告にも「きざはし金陵M」使われている。

今朝、菊水では、酒林をかかげました。

一番搾りの瑞々しさを、今年も!

新米新酒ふなぐち、いよいよ解禁。

酒造りの工程で、発酵を終えた醪(もろみ)を布の袋に入れてしぼり清酒酒粕に分離するが、この袋を並べ重ねて入れる大きな長方形の器物を酒槽(ふね)と言い、酒槽の口から流れ出てくる清酒を、菊水では「ふなぐち」と呼んでいるそうだ。

「ふなぐち」は、しぼりたての生原酒である。非加熱のため市場に出すことができなかったようだが、鮮度を保つための試行錯誤を繰り返して、1972年に日本で初めてアルミ缶入り生原酒の開発に成功している。

 

注:酒林(さかばやし)とは、酒蔵の軒先に吊るして飾る、杉の葉を球形に束ねたものである。期限は酒の神を祭る大神神社御神体三輪山の杉をみたまのしるしとして薬玉にしたという。

 

……

2006年

f:id:typeKIDS_diary:20200721143546j:plain
サントリービールの新聞広告

 「たおやめM」は、2002年に発売された「和字書体三十六景第一集」(和字 Revision9)の9書体のうちのひとつで、欣喜堂の出発点になった書体である。この書体は、サントリービールの「ザ・プレミアム・モルツ」の広告に使われたことによって広く知られるようになったと思っている。ザ・プレミアム・モルツは、麦芽100%のピルスナースタイルのプレミアムビールである。

あの人には、

確かにうまい

ビールを。

2006年12月2日朝刊に掲載されたサントリービールの「ザ・プレミアム・モルツ」の全面広告である。「たおやめM」がいつから使われたかはわからない。モンドセレクションにエントリーし、2005年にザ・プレミアム・モルツ中瓶がビール部門で国産ビール製品初の最高金賞を受賞した。この広告は2006年に、2年連続最高金賞を受賞したときのものだ。

お歳暮に

最高金賞のビールを。

当時はこの最高金賞受賞を売りものにして広告を展開していた。新聞広告だけでなくテレビCMなどでも、発売当初からロック・アーティスト矢沢永吉が一貫して起用された。

2011年1月1日の新聞広告では、矢沢永吉竹内結子が並んで登場している。このキャッチコピーにも「たおやめM」が使われている。少なくても六年間にわたって使われ続けたということだ。

もともと川口印刷所で印刷された印刷物の9pt活字を復刻した書体であり、書籍の本文での使用を想定していたが、最初に使われたのは新聞広告の見出しであった。

 「サントリーの「ザ・プレミアム・モルツ矢沢永吉が出ている広告、知っていますか? そのキャッチコピーには、私が制作した書体が使われていますよ」

私も当時、わかりやすい例として、このようにこたえていたものだ。

 

……

2008年

f:id:typeKIDS_diary:20151210132624j:plain

農林水産省の新聞広告

農林水産省の新聞広告「食べることで自立する、日本の食。」は3連作になっており、2008年2月25日、27日、29日の朝刊に掲載された。「海外へ依存する食卓のリスクをおさえ、日本にある食材を見直そう」というキャンペーンである。当時、農林水産省では「食材の未来を描く戦略会議」を開催して、国民の意見を募集していたようだ。

Vol.1「未来の食のために、今、できることがあります。」

Vol.2「和の食材だから日本産、というのはほぼ思い込みです。」

Vol.3「おいしいものは、近くにもあります。」

このキャッチ・コピーもそうだが、ボディ・コピーにも選ばれたのは「さくらぎ蛍雪M」である。一読者としてみて、ここは明朝体でもゴシック体でもしっくりこない。「さくらぎ蛍雪M」は肉筆に近く、かつ冷静に訴えかけてくる書体だ。強さもある。いい選択だったと思う。

この書体、筆書系というカテゴリーに分類されてしまうことがある。そのカテゴリーは、一般的には古くさいというイメージでとらえられている。ところがこの新聞広告のボディ・コピーから、古くさいというイメージは感じない。

和字書体「さくらぎ」は、ずばり大正時代の木版教科書の書体である。漢字書体「蛍雪」はさらに古く、中国・清の時代、日本で言えば江戸時代に生まれた書体である。活字書体として再生したものが、そういった時代性を超えて受け継がれていくというのは心地よい。

日本産の書体を、食材として「文字の食卓」に多く提供できればと思う。栄養豊かな本文書体の選択肢を増やしていきたいものである。

 

……

2009年

f:id:typeKIDS_diary:20200708085207j:plain

国立劇場の新聞広告

花形歌舞伎「通し狂言新皿屋舗月雨暈――お蔦殺しと魚屋宗五郎――」は国立劇場大劇場で2009年3月に上演された。河竹黙阿弥の作を尾上菊五郎が監修した。愛妾お蔦と宗五郎女房おはまを片岡孝太郎が、魚屋宗五郎を尾上松緑が演じている。歌舞伎には詳しくなく、この通し狂言も観たことがないので、これ以上のことはわからない。

新聞広告のコピーは、おそらく台詞の一部を抜き出したものだろう。これが「もとい龍爪M」で組まれていることに注目した。

酔って云うんじゃございませんが、妹が殿様のお目に留り、支度金に二百両下すった時の有がたさ。実はね、内の雑物を残らず質に入れてしまい、その日に困るその処へ、ほんのことだが、親子四人磯部様のお陰だが有難涙にくれました。

妹の支度をした残りで質も出し、借りも返し、まず盤台から天秤棒のこらず新規に拵えて、魚は芝の活物を安く売るのでじきに売れ毎日銭がもう買ってね、好きな酒をたらふく呑み、何だか心が面白くって親父も笑や、こいつも笑い、わっちも笑って暮らしやした。

ハゝゝゝゝゝゝ

ワハゝゝゝゝゝ

あゝ面白かったね。

「もとい龍爪M」は硬質の書体である。和字書体「もとい」は江戸時代の木版印刷の字様をベースにした活字書体である。漢字書体「龍爪」はさらに古く、中国・宋代の木版印刷の字様である。どちらも彫刻された文字である。

一方、歌舞伎と言うと勘亭流が定番である。勘亭流はうねりのある書体であり、その広告も勘亭流で書かれることが多い。ところがまったく逆のイメージの「もとい龍爪M」なのである。それが意外と馴染んでいて、「あゝ面白かったね」と思った。

なお、「通し狂言新皿屋舗月雨暈――お蔦殺しと魚屋宗五郎――」という題目は「あおい金陵M」を全体的に太くして使っている。