活字書体をつかう

Blog版『活字書体の花舞台』/『活字書体の夢芝居』/『活字書体の星桟敷』

Note 1B 書字とタイポグラフィの間②――謄写版と蒟蒻版

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謄写版

印刷の4大方式とは、凸版、凹版、平版、孔版である。孔版印刷の一種に謄写版印刷がある。

謄写版印刷は、蝋引きの原紙に孔(あな)をあけ、そこから印刷インキを滲み出させて印刷するという仕組みだ。文章の場合には文字が孔になるのだが、鉄筆で蝋を削り取る方法(ガリ版ともいう)、邦文タイプライターで打ち込む方法がある。

ここで取り上げるのは鉄筆法である。タイプライター法であればタイポグラフィといえるが、鉄筆法はタイポグラフィではない。レタリングである。それでも、タイポグラフィとの関係を考えるために、ここで取り上げることにした。

筆者の手元には謄写版印刷による一冊の本がある。『戯曲 分水嶺』(諸井條次著、劇生活社、1953年)だ。劇生活文庫3とあるので、文庫シリーズの中の一冊として出版されたようだ。

ガリ版印刷は、1970年代まで活字版印刷の代用として学校でも広く用いられていた。教師が作るテストはたいていガリ版印刷でしたし、文集など児童・生徒によるものもガリ版印刷だった。演劇、映画、テレビの台本も鉄筆法による謄写版印刷だったのだ。

筆者も自分用に阪田商会製の謄写版印刷機を購入した。同人雑誌のようなものを作りたかったのである。

さらに文部省認定社会通信教育「近代孔版技術講座」基礎科を受講した。この講座で孔版文字の書き方を習ったのだ。楷書体、ゴシック体、宋朝体などがあるが、書字というよりは活字書体を真似たものだった。活字版印刷の代用なのである。

ガリ版に使う鉄筆にもいろいろ種類があった。文字用のほか、罫線用(歯車のようなものもある)・絵画用などがある。文字用でも、書体によって使い分けるようになっている。

原紙をのせるヤスリ(鑢)も書体によって使い分ける。楷書体には斜目ヤスリ、ゴシック体には方眼ヤスリを使う。宋朝体には(持っていなかったが)宋朝ヤスリというのもあったようだ。

活字のように描く——謄写版印刷はあくまで活字版印刷の代用だったのである。代用ではあったのだが、改めて見直してみると、そこから生み出された孔版文字には独特の味わいも醸し出されているように思える。

 

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蒟蒻版

夏目漱石の『坊っちゃん』に「蒟蒻版」の出てくる場面がある。蒟蒻版? 最初はなんのことだかわからなかった。

謄写版」が一般的に使われるまでの間、「蒟蒻版」は簡便で少部数印刷という特徴のため、官庁や学校、企業などの会議資料や内部文書に広く利用されていたそうだ。

「蒟蒻版」とは平版印刷の一種で、謄写版が発明される前の明治時代初期に、西欧から日本に伝わった「ヘクトグラフ(Hektograph)」のことなのだ。

「ヘクトグラフ」は、ゼラチンにグリセリンを加えて撹拌し、固めて平板状にした版です。その上に濃い染料インクで書いた原稿を当てて転写させてから、印刷用紙を載せて印刷する方法である。最大数十枚の複写が可能だった。日本ではゼラチンの代用として蒟蒻が使用されたことから「蒟蒻版」、あるいは寒天が使われていたことから「寒天版」と呼ばれていたという。

蒟蒻版(寒天版)は、大量印刷向きではなかった。大量印刷には、蒟蒻版(寒天版)よりも硬質の石材を利用した「石版」が利用されたということである。